気象遭難という言葉はかなり一般的に使われるようになってきました。古くは新田次郎の小説「気象遭難」(「錆びたピッケル」(1962年)に収録)に登場しますが、広く使われるようになったのは羽根田治の「ドキュメント 気象遭難」の功績が大きいでしょう。
気象遭難とは
その定義は曖昧ですが、ここでは悪天候が主たる原因で遭難する事例としておきます。
気象遭難には二つの段階があると考えられます。第一段階は、雨、雪、霧、雷などの気象現象により行動不能に陥る状態です。
第二段階は行動不能に陥った結果、低体温症や飢餓になります。ここで事前の準備が良かったり早めに救出されれば生還を果たしますが、場合によっては命を落とすことになります。
気象遭難に学ぶ意義
「警察は死因や詳しい状況を調べています」
山の遭難事故を報じる記事の多くは、この一文で締めくくられます。
同じような事故を起こさないために遭難事故から謙虚に学ぶことは多いはずですが、残念なことに警察の捜査状況が開示されることはありません。2009年7月に北海道のトムラウシ山で発生した遭難事故の調査委員を務めた金田医師から、警察の協力が得られなくて苦労したという話を聞いたことがあります。
しかし、天候不良が原因と思われる事故では天気図という客観データが入手できるので、これを整理することで知見を得られる可能性があります。
命を脅かすような激しい気象現象は局地的な事象であることが多く、天気図だけで詳細な事情が分かるとは限りません。それでも事故が発生したときの共通項を天気図に見出し、それを体系化することは遭難防止に大きな効果を発揮するでしょう。
代表的な事例
夏の低体温症
低体温症は自分が失う熱(熱放射)が自分の作る熱(熱産生)より大きくなり、中心体温が35℃を下回ると発生するとされています。
熱放射を引き起こす要因として、次の4つあります。
- 放射
- 蒸発
- 対流
- 伝導
これは冬に限らず夏でも起こる現象で、汗をかいた状況で風に吹かれると発生しやすくなります。
トムラウシの遭難(2009年7月)
北海道大雪山系のトムラウシ山で18名のツアーが荒天に見舞われ、8名が亡くなりました。このとき、前線を伴う発達した低気圧が北海道に接近しており、全国的に気圧の傾きが大きく強い風が吹いていました。
ゴールデンウィークの低体温症
冬から春に向けての季節移行は徐々に進むとは限らず、暖かくなったと思うと冬のような寒さに逆戻りするというように、あたかもノコギリの歯のように進むことがあります。
ゴールデンウィークの4月から5月にかけてはそのような時期です。また、連休中に山に登っておきたいという前のめりな姿勢になりがちです。
槍ヶ岳の遭難(2021年5月3日)
槍ヶ岳の飛騨乗越付近で3人組のパーティが遭難、3名とも心肺停止状態で発見されました。このとき、上空(5,500メートル)には2月並みの寒気が流れ込み、地上でも強い風が吹いていました。
白馬岳の遭難(2012年5月4日)
白馬ヒュッテから白馬山荘に向かっていた6名のパーティが凍りついた状態で発見されました。このとき、上空(5,500メートル)には寒気、三陸沖と秋田沖に低気圧があり、全国的に強い風が吹いていました。
初夏の落雷
上空に強い寒気が入ったり上空と地上の気温差が大きくなると「大気の状態が不安定」になります。
これにより、地上の空気が上昇することで積乱雲が発生し、落雷に至ります。
特にゴールデンウィーク期間の前後は低体温症の項でも触れたように、上空に冬並みの寒気が入ることがあります。このようなときに地上の気温が暖かいと上空と地上の気温差が大きくなります。
丹沢の落雷事故(2019年5月4日)
丹沢山地の鍋割山で登山をしていた二人組が木の下でレインウェア着用の準備をしていたところに落雷、一名が亡くなりました。
このとき、上空5,500メートルの気温は平年より低い−20℃、地上気温は23℃以上と推測され、上空と地上で40℃以上の気温差が生じていました。
真夏の落雷
真夏には地表が温められることや、太平洋側では湿った暖かい空気が流れれ込み山の斜面を上昇することで大気の状態が不安定になります。
(以下、滑落についても記載予定)